誰かに書けって言われたわけではないんですが、作演出としてのあとがきを書いておこうと思います。
【はじまり】
こんなん書きました〜、とKindControl主宰の乃璃子さんに台本ヤクザ(※台本を送りつける行為。語感が好き)してましたら、作演を依頼されました。
いやあんたぼくの演出みてなくない?(最近やってないし)と思いましたが、ダンス作品の「境目に揺れる、夜」とか映像でダンス作品と演出作品見てもらってたし「OK〜」くらいなノリで返した気がします。で、なにやる?ってなったんですが、既存の台本でも新作でもいいですよ、と言っちゃいました。言っちゃったんです。
【後々】
一人芝居と二人芝居、はぼんやりと初めから決まってました。せっかくなんで、ね。みたいに、乃璃子さんの役者をしたい欲みたいなものからはじまった企画だと思うので、それには応えよう、と。
既存でも良かったんですが、これも、せっかくなんで、ね的に新作2本になった気がします。普段書くとき、あてがきはしてないんですが、出演する「その人」を意識して書いてるので、新作のが、つまり乃璃子さんをイメージして作った方がいいと思いました。それがもはやあんなことになろうとは………(伏線)
【書く、refrain】
最初に手をつけたのは「refrain」でした。個人的にre、と言う言葉・文字が好きで、一番初めにタイトルが出来ました。タイトルから生まれるのはよくあることです。
タイトルと、絵は浮かんでました。舞台上としての絵が浮かんで、そのあとその絵に繋げるために言葉とか体を使う、みたいな書き方をします。浮かんだ絵は、ぐるぐると同じ行為をする二人の人間です。
こっから長かったです。2週間くらい。最後は年越しから2日くらい、こたつにこもりっきりで書いてました。
自分的に、破滅的に恥ずかしいシーンが出来て、最後まで悩みました。ぼくが恥ずかしいはどうでもいいんですけど、そこにリアリティは生まれるか、みたいな。これは後述、またします。
【書く、Answer】
で、こたつむりを終えて、「あー、なんとかひと段落書けた」ってなって風呂入ってぼんやり「もうひとつ、一人芝居、かぁ」ってなって風呂出たらなんか書ける気がして、そのあと6時間くらいで書けました。風呂出た午前3時から午前9時くらいまでで。
浮かんだのは、「誰か、私に答えを教えてよ」の言葉です。そっからの、Answerというタイトルです。
これはお客様に舞台上に上がっていただく仕様上、乃璃子さんに相談したんですが「いいんじゃない? 私はやりたい」と力強いけど方向が少しズレてる言葉を頂いたので、やろうと思いました。そのズレにだいぶ笑いました。
【refrainについて】
ぼくが書くお話は、「一般的にみて重要ではない」ことが多いと思います。個人的に重要というか。例えば、誰かが好きとか、就職どうしよう、とか。そこらへんを三人称の視点でみれるから、演劇というメディアを選んで気がします。逆に、演劇というメディアだからそうしてるとこもありますし。
で、そんな就職どうしよう、大学卒業してどうしよう、なお話でした。
で、結局個人の云々、個人の重要な物事を重要視してる訳じゃなくて、その壁みたいなものにどう立ち向かうか、逃げるのか戦うのか回り道していくのか、みたいなところを毎度毎度書いてます。今回は、「やってみたら簡単だった」、つまりとりあえずやってみたら簡単に変わるぞ、みたいなことです。で、その「とりあえずやってみる」というのは、ぼくとしては努力とか才能ではなくて、偶然、だと思ってます。なんとなく、とかそんな気がしたから、と言うような、軽やかさがあると思ってます。
その軽やかさ、へのぼくの憧れみたいなところと、ある意味考えなしのことのぼくの批判みたいな、どっちもあります。
また、今回は軽やかさ、の為に諦観を持ってきました。諦め、というのは個人的に大好きな感情で、それまで握りしめていたものを手放す、ということが含まれています。握りしめていたら、別のものを握ることができない。なので、諦め、という言葉はぼくにとっては概ねポジティブです。別の物も握れるし、後は野となれ山となれ、みたいな方向の感覚って気持ちいいんで。
そんなこんなで、ラストシーンは恥ずかしい告白シーン(絶対やりたくないと思っていた)だったですが、男を演じた木村さんがとてもいい演技で中和してくれました。感情的な演技、て苦手で(舞台というメディアで、ですけど)、毎回萎えてしまうので、そこを重くなりすぎずやって頂いた木村さんに拍手です。また、ある程度感情的になっても、いいかと思いました。なぜなら、Answerがあるので。Answerはそんな告白シーン、ドキっ、みたいなのと間逆の話なので、ちょうどいいやっ、ここでちょっと軽くなった分だけAnswerで叩き落してやる、みたいなことも考えてました。
そんなrefrainでした。照明の美しさ(美しい
故の虚構さ)と音楽の暴力性(音量、リズム、それだけで感情が持ってかれる)も、阪上さん上原さんという心強いメンバーに助けられました。演出なんて「それ、いいね!」というくらいしか出来ないと思っています。本当に「それ、いいね!」の連発で軽率な感じでしたが、それがいいと思ったので、そういうことです。
そんなrefrain、でした。繰り返して繰り返して繰り返してることに良いも悪いもなくて、逆に諦めてちょっとやってみっかくらいの気持ちで簡単に変えられる、という提案です(それも偶然性とかあるので、提案にはなり得ないですけど)
以上、refrainでした。
【Answerについて】
Answerです。これ、実はぼくが初めて書いた台本を下敷きにしてるところがあります。「演劇の害と効能について」という台本ですが、こっちも同じ闇に振り回されるお話です。
これは、「演劇という虚構の中でなら、何をしてもいいのか?」という問いが原点です。虚構なら安易に人を殺していいのか、お客様に悪意を投げかけていいのか、みたいな虚構・フィクションをモチベーションにした嫌なところを詰め込んでます。公演情報に寄せたコメントに、「演劇の大嫌いなところ」と書きましたが、それを詰め込みました。演劇というメディアは虚構を前提として成り立っているので、それを存分に活用(悪用?)して、舞台上で人を殺し憎まれ口を叩き、最後に命を断ちました。
この作品に対しては腹がたつ人がいると思います。ぼくも立つと思います。ただ、なぜそれを見せるのかと言われると、そこに人の美しさが宿るからだと応えることができます。
虚構を前提としたメディアですが、前提としているからこそ、そこに身体や発語の「リアリティ」がみえて、一瞬だけでも「これは現実ではないか」と思える時があれば、嬉しいです。物語も演出も音響も照明も全部全部フィクションなんですけど、いま目の前で話して動いて明かりがあって音楽が流れて、というのは現実のことなので。
その現実と虚構が紙一重の空間が、ぼくは大好きです。
乃璃子さんは勇敢に虚構と組み合ってくれました。がっぷり四つでした。綺麗に上手投げされて稽古場でよく泣いていました(何言ってるのかぼくにもわかりませんけど)(だいぶ上にかいた伏線も回収です)。
一度だけの公演一度だけの本番で、舞台上で(虚構として)生きて、死んでいただいて、感謝しています。
虚構を構成する光、そして音も、とても美しかったです。現実(日常)ではあり得ない、その空間が現実に置かれ、現実ではない言葉を実際に目の前の人間が話すという行為、とても好きでした。
こんな場所ですが、舞台上に上がって頂いたお客様には最大限の謝辞を述べます。本当にありがとうございました。台本にある、「舞台上にいるお客様は、そこにいるという最大の仕事をして頂きました」(要約)という言葉は、本当にその通りだと思っています。その空間は、あなた達が存在しないとなり得ない場所だからです。近くで大きな音とか声とか出してごめんなさい。そこにいて、観てくれて、本当に助かりました。ありがとうございます。
これで、「Answer」も終わりです。
【以上】
誰かの為というより自分の為の振り返り、これでおしまいです。
足一という自分のフィールドではなくて「KindControl」という乃璃子さんの大事な場所で自由にさせて頂いて、感謝してます。
多分これは、色々詰め込んだおしまいの儀式でもあります。観て頂いた、またこの文章を読んでいただいたあなたに、「またいつか」なのか「もうこれで終わり」なのかはわかりませんが、これでひとつの区切りです。
この公演に参加して頂いた方も、観に来て頂いた方も、観に来たいと思って頂いた方も、本当にありがとうございました。
では、叶うならばまたいつか会えたら。
2018.2.23
井上大輔
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