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2016/08/23

100のお題 2.笑顔が見たくて(戯曲)

2.笑顔が見たくて

作  井上大輔(足一)
 
★シーンの繋ぎ目は可能な限りシンプルに素早く体を変える。
★舞台には引き出し、小物入れ、カバンなど。ものが入った入れ物。中身は細かなもの、その中に狐の面を入れておく。
★小道具は最後の面以外使わない。全てマイムで行う。


暗転
バックサス
男の顔は見えない
シャツにネクタイ、スーツの下

男  ただ、ひとつ、これだけが叶えば、ぼくは死んでもいい。そう思ってたし、そう思ってる、いまも。だから、言葉をつむぐ、「笑ってください」。




明転
蝉の声
入道雲の踊る空
何回めなのかもわからない、夏のあの日

男、舞台に寝転んでいる
上半身を突然起こす

男  おはよ。

男、素早く立ち上がる
綺麗な姿勢
それはすべてが終わったあとの、男

男  ぼくの毎日は「おはよ」の言葉から始まります。あなたはぼくより早起きで、でもぼくを起こさないようにそっと布団を抜け出て、台所で朝食の用意をしています。

男、椅子にすわり、朝食を食べる
寝ぼけながら食べる、その間に、違う人格のように話す

男  「今日も美味しいよ」。その言葉は嘘でもなんでもなくて、極限まで修飾を落とした、本当の気持ち(食べる)
それをわかってんのかわかってないんだか、微笑んでるのか眠いのかわからないような顔で「ありがと」と受け取るあなた(食べる)
それだけで、生きててよかったって思う。

男、スーツの上着を着る
突然、頭を下げる。下げたまま、話し続ける。

男  大変申し訳ありませんでした!はい、私に全責任がございますので、なんとしてでも期日通りいきますよう、上司部下関係なく、いえ、社長も含め、社員一同で作業に当たらさせていただきます!私の命に代えましても、間に合わせます、本当に、申し訳ありませんでした!

頭を下げたまま話し続ける

男  と、いうのがぼくの仕事。ではないのだけど、外回りで飛び込みの成績が悪いぼくは、気がついたら謝罪係となってしまった。このお辞儀の角度、90度の最敬礼はもう体が覚えてしまったし、「大変申し訳ございませんでした!」の言葉に感情なんてものはないし、命に代えましても、なんて言葉はリフレインし続けている。

男、自販機でコーヒーを買う
少し移動し、喫煙所でタバコを吸う

男  だからと言って、悲しさもない。悔しさもない。これはぼくの仕事だからだ。神様は仕事を取れる能力は与えてくれなかったけど、誰かに憐れまれる能力だけは充分に与えてくれたようだった(コーヒーを飲む)
そして、その能力は確かにぼくを生かしているし、一緒に暮らすあなたのことも生かしている。ただ、それだけが事実だった。そして、その事実だけでぼくは満たされていた(タバコを消す)

帰り道の電車
つり革を持って立っている

男  大学時代に面倒臭がって免許を取らなかったから、外回りのくせに電車で通勤している。そんなぼくを会社も持て余してるか、それともYESMANだから重宝してるのかはわからない。ただ、ぼくは、謝って憐れまれて、それでも、あなたのいる家に帰りたいだけだ。

電車が揺れる

男  ぼくは、何回この日常を繰り返した? 何回、という言葉が必要でないほど、それこそ覚えてないほど、繰り返してる気がした。それでも、今日も、あなたに

電車が止まる
人の波に続いて、電車を降りる
電車の扉が閉まる
男、小さなため息をつく

男  え?

男、押されて、後ろに落ちる

暗転
電車の通り過ぎる音

蝉の声
入道雲の踊る空

明転
寝ている男、上半身を突然起こす

男  「おはよ」と、機械のように繰り返すことも、体が覚えてしまっていた。台所から聞こえてくる冷蔵庫を開ける音を聞きながら、ぼくは思い出してました。「そっか、一番初めはこんなんだった」

男、朝食を食べている。

男  「今日も美味しいよ」。そう、本当に美味しいんだ、何回食べても何十回食べても、きっと死ぬまで食べても飽きることはないんだろうなあって思う(食べる)
そんな気持ちを知ってか知らずか、あなたは微笑んでるような、少し眠たいような顔で「ありがと」と返す(食べる)
いつもの、時間。

男、スーツを頭にかけて、三角座りをする

男  あっつ……。っていうのはわかっていた。夏の海、暑くないわけがない。お盆のシーズンもすぎ、人はおらず、遠目にキラキラとクラゲが光を反射していた。

男、ネクタイを少し緩める

男  誰かに殺される。誰かはわからない。起きた時にはそいつの顔は黒く塗りつぶされたように思い出せない。

男、空を見上げる

男  怒りとか悲しみとか、どこかへ行ってしまった。見えるのは、空、だけだ。

男、大の字になる

男  あー!!!


男  だいたい、やり尽くした。電車に乗らなかった、友人を呼び出して頼み込んで送ってもらった、服に本を挟んでついでに野球のヘルメットを買って家に向かった。でも、家に帰れた試しはない。大概の死因は味わった気がするけど、思い出したくない。家に帰ってあなたに会いたいだけなのに。

上半身だけ起こす

男  家に帰らない……?


男  のは、嫌だと思った。生きてる証拠だから。生きてる理由だから。でも、今のぼくは、生きてるというのか?

男、大の字になる

男  あーーーーーーーー

暗転
蝉の声は聞こえない
入道雲もみえない

男、突然上半身を起こす

男  「お、は、よ」。繰り返し繰り返し出していた言葉が詰まった。寝転んだまま、ぼくは?  

男、手を見る

男  手に汗をかいていた

男、自分の首筋をさわる

男  覚えているのは、力を込めて絞める細い指と、顔に当たる、髪の毛…?

男、朝食を食べる

男  「……」(口を動かす)  言葉が音にならなかった。ぼくが音を出さないから、あなたも音を出さなかった。「ありがと」が聴けない、多分、初めての日。

男、スーツを地面に落とし、ネクタイを外して捨てる

男  ぼくは、家に帰って、ただあなたの笑顔が見たくて生きてる。ぼくは。ぼくは。


男  あなたは?

明かり、ここからラストまで少しずつ少しずつ暗くなっていく
男、実家の自分の部屋に来ている。押入れを開けて、戸棚を開けて、引き出しをひっくり返し、何かを探している。見つけたそれを、シャツの中に隠す。
大きなため息をつき、客席に向かい合う。

男  ぼくは、家に帰りたいから、帰ろうとしていた。ぼくは、家に帰って、あなたの笑顔を見たかった。ぼくは。ぼくは。ぼくは。あなたは?


男  あなたの笑顔は憐れみだった? 誰からも憐れまれる、そんな才能をもったぼくへの、憐れみの笑顔だった?


扉が開く
男、少し悲しそうな顔をしたあと向かい合う

男  あなたは、ぼくの人生を憐れんでいたから?  だから、ぼくが世界から憐れまれていることを誰よりも知っていたから? 優しく終わらせてくれたんだね。

男、刺される
体が揺れる、顔は前を向けない

男  ごめんね、押入れの奥に押し込んでて。夏祭りのとき、笑ってくれたよね。全然似合わないって、笑ってたよね。あの時から多分ぼくが見たいものは変わってないよ。だから、

男、狐の面をかぶり、前を向く

男  これであなたは笑顔になって、ぼくはその顔を見れたらいいなって思って

暗転
倒れる音

男  あなたは優しいから、いつもそんな顔で殺してたんだね。今日は、今日だけは、お面もかぶって、夏祭りを思い出して、笑って、

暗転のなか、打ち上げ花火の音