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2015/02/17

足一「緩やかに死んでいく為の方法論」について。

「緩やかに死んでいく為の方法論」についてをまとめます。

あらすじはこちらに(足一HP)

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履歴
12/9 祭!2014-final-(祭!end ver.)
1/31-2/1 さなぎダンス#6
2/8 Drama⇄Live ~クローバー・バイパス~
2/10 祭!2015vol.2!! (おしまいver.)


足一では、というか今までの舞台経験で初めてこれだけ長くやりました。
最初から決めていたわけではなく、やってみない?というありがたい声に乗っからせていただいたわけですが、それがすごくありがたかったです。
こんなことになるなんて、と思うまで作品がかわりました。

●祭!end ver.について

これが始めてやった「緩やかに死んでいく為の方法論」になります。
そもそものきっかけが、友人の澁谷美瑠さんが、

「亡くなったおじいちゃんの家にいったら、絵がいっぱいあった」

だった気がします。変なひとだなと思いました。
で、その絵はほとんどが女の人だったとか、別れた奥さんも知らなかったとか聞いてくうちに、さらに変な人だな、と思いました。

その時点でだいぶ、興味ひかれてしまっていたわけですね。
だって、わけわからないですから。

そして、この祭!emd ver.ですが、足一が企画してるイベントが、ラストだったのです。祭!2014-fainal-というイベントでした。
このとき、思っていたことは、
「死」と、「終わり」ということを、つなげよう、でした。
花火みたいにパーンと、というイメージです。

この時から、ジムノペディを使っております。
このジムノペディは、繰り返しのイメージから。ずっと続く、終わるんだかわからないようなもの、です。
振り付けも、「繰り返し」を意図したものが多く使われてます。

「終わらない繰り返し」→「死を意識する」→「死ぬまで絵を描く」→「死ぬ」(今から逃れる)

と言う構成です。最後の「今から逃れる」のは、ぼくの希望だったのかもしれません。
澁谷紘明さんは病気で亡くなられたのですが、それは苦しいだけじゃなかったのではないか?という想像です。

映像→→→ https://www.youtube.com/watch?v=n5cSzH6A94I

●さなぎダンス#6、Drama⇄Live ~クローバー・バイパス~

そして、メタモルホールで行われたさなぎダンス#6での、「緩やかに死んでいく為の方法論」です。
祭!ではひとりでしたが、ここに新しく足一メンバーのかえるさんに入っていただき作りました。
また、足一ではぴったり1年ぶりの劇場公演だったので、なんだか、わくわくしてました。
そして、その作品をほぼそのまま、ライブハウスへ持っていき、上演しました。


この作品で、このお話の流れができました。


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ある少女の祖父が病気で亡くなりました。
祖父は妻と別れてしまったいたこともあり、孫である少女も、
祖父がなにをしているかなどにあまり詳しくありませんでした。
亡くなって、遺品整理のために祖父の部屋に訪れたとき、
大量の、祖父が残した誰も知らない絵がありました。

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ここまでが現実にあった話です。
そして、私は少女(友人)から少しお話を聞いて、遺品のイラストも借りて、考えてみました。
妻とわかれてからずっと絵を描いていたその祖父のことを。
そして、私はもうなくなっているその人に会いたいと思ってしまいました。
なぜ絵を描き続けたのか、つらかったのか、楽しかったのか、聞くために。

でも、それができなかったので、この作品が生まれました。
遺品と、少しだけのお話から私がみた、
「ある男の生き様(そして死に様)」のお話です。

どう生きて、どう死ぬのか。
私がみた澁谷紘明さんを、どうか一緒にみてください。

井上大輔

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このようなあらすじを始めて作品につけました。
また、澁谷さんの遺作のイラストをお借りして、それをカラーコピーして作品の中にでていただきました。

以前はひとりで、「ある男の死んでいくさま」を作品化したわけですが、ここでは「ある男の死んでいくさまを見ていた孫娘」まで発展しました。

この作品はタイムラインが交わらないタイムラインがふたつあって、それは「男の死んでいくさま」と「少女が想起した祖父の死に様」です。

少女は、いくら想像しても、触れたいと思っても、それはできないのです。

これは、澁谷美瑠さんと一緒に、紘明さんのイラストを見ているときに、

「さびしかったんだろうなぁ」

と言っていた言葉がずっと頭に残っており、このような形になりました。
亡くなったひとを思う気持ちが、亡くなった人のモノによって想起させられる、すごくさびしくて綺麗だなと思ったからです。

男のタイムラインは、
「最愛の人と別れる」→「絵を描き始める」→「死を意識する」→「死ぬまで絵を描く」→「死ぬ」

少女のタイムラインは、
「イラストを見て、祖父を思い浮かべる」→「その祖父に追いつこうとする」→「追いつけない(追いついたのは死ぬところ)」→「自分の手で、葬る」

になります。
男はほぼ変わりません。ひとりで死んでいく、というの僕の中での彼の生き方でした。ただ、今回はそれを眺めている人がいました。
作品途中、客席から登場し、祖父のことを観客に話し始めます。それを振り付けに構成しました。あくまで淡々と、
「彼は私の祖父なんですが、病気でなくなりました。ですが、妻と別れたあと、絵をかいていたようで、、、」
みたいな、三人称での語り口です。そこでは、彼女はただ、現在から過去を紹介しているひとです。

男が絵を描き続けているあいだ、少女は追いかけていきます。祖父のノートから思い出されるものを。
男が病で死んでこうとするときも、少女は追いかけています。

そして、男が死んだそのとき、現在が追いつきます。

「なくなっていた」

と言うことを、思い出します。
そして、少女は祖父と祖父の思い出を、葬ります。それは自分のための、そして祖父のための、ふたりだけのお葬式です。

死んだ人に対してできるのは、祈ることだけ、なんだと思います。

そして、この作品の初日、1/31。
ラストシーンで葬られるとき、なんだか、心がうれしくなりました。死んでからそんなことをいうのは出来ないのだけど、
「あなたに存在をしってもらえて、よかった」と決め事でなく思いました。

映像→→→ https://www.youtube.com/watch?v=OhsPFp3gU7M

●おしまいver.

そして、おしまいver.です。
これはぼくの中でおしまい、ということを決めていました。

具体的には、一つ前の完全版に

「一番初めに井上大輔がこのお話を説明する」
「一番最後に、お葬式をする少女を井上大輔が終わらせる」

というパーツがつけられました。
このお話(作品)は、フィクションです。ぼくが想像したところが大半です。ですので、死に物狂いで絵を描くとか、
妻と別れて苦しかったとか、ないのかもしれません。あるのかもしれませんが。

その、想像のお話を、ぼく自身が葬って終わったのだと思います。

また、このときはじめて、「祖父を葬る少女のシーン」を前からみました。自分の団体のメンバーを手放しでほめるのもどうかと思うのですが、
このときは本当に、かえるさんに飲まれました。

少女と、男と、この世界を、ぼくがマッチに火をつけて葬る。これでこの作品は完成しました。

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と、振り返ってみました。
さなぎダンスのときから思っていた(気づきだしていた)のですが、やっぱり、ぼくは紘明さんに少しあこがれている気がします。
死を知らされても、ただただ愚直に絵をかきつづける、そんな生き方(死に方)をしたいと思ってしまいました。

そして、音響と照明。知識がないので、「なんだかどんよりとしたイメージで」「ぐわーと飲み込むみたいに」なんて言葉を
実際にしていただけて、映像見てぼくが泣きそうになります。ぼくが想像してたものよりすごい。すごい。助けられました。
また、この作品は、澁谷美瑠さん、澁谷紘明さん、そして、かえるさんのおかげで生まれました。
特にかえるさんは、「どうしたらそう見えるのか」という、演出面でだいぶ教えていただきました。
また、かえるさんが本番あとにいった、

「火をつけたとき、お疲れさまって気持ちになった」

と言うのが、すごくうれしくてずっと残ってます。
いやぁ、すごい人ですね(二度目)

それでは、このあたりで、このお話はおしまいにしようかと思います。
ではまた、いつかあいましょう。紘明さん。

井上大輔