8/22 new!! ゆるゆると誰にいうわけでもなく誰が知るわけでもなく更新していきたい。

2016/07/26

1年たった

前回の更新より、ほぼ1年がたちました。
1年前は、淡水と倉田の翠ちゃんで公演をしていたようです。そして、何の因果かそのほぼ1年後は赤子とダンスした夜でした。

昨日はかつおの遊び場ブッキング。1年前は淡水でがっつりダンスしてて、昨日は一人芝居をしておりました。
演劇の人かダンスの人かわからない、みたいな印象をもたれたりしますが、ぼく自身もわかってなかったりします。ただただ、好きなことをやってきただけの感覚です。

そして、演劇とダンスの境もわからなくなってます。演劇でも踊るしダンスでも話すし。結局、どちらも変わらないって思ってしまうから。

あえて、自分の中で分けるとするなら、
演劇は「言葉で表せない、言葉の裏の感情を出したい」
ダンスは「言葉で表せない、感情のゆらぎを身体で出したい」

と、いうわけで、あまり分かれていないのでありました。

2015/07/30

境界、ライン

ラインというものが好きです。空をパカーンとわる電線とか、舞台上にひかれた一本の線とか。

それは、こっち、とあっち、を作り出します。だから、そこにドラマがうまれます。別れている、からどうしようって。よいしょって乗り越えるのか、それとも諦めるのか、まだまだありますけど。

で、それは舞台だけじゃなくて生活の中で、ふつーにやってるんですね。自分/上司、とか、自分/親、とか。区別でもありますね、ぼく/あなたと。
でも、それって、実は外せるんだなって思っています。

ラインを引くのは、自分で、じゃあラインを外すのも自分です。あの人はこういう人だから、近寄らないでおこうっていう、ライン。あの人は自分のことを好きなので、近づこうっていうライン。
そのラインは本来そこにあったものじゃなくて、自分で置いてることを知ることだけでいいと思いますけど。

その、「いつでも外せる」ということだけ持てば、自由です。というか、本来自由だったものにラインを引いて苦しがってるのが、なんか馬鹿みたいだなって思ってきました。

このラインは外してもいーかな、そう思えることがいいなって思います。

淡水⇔倉田翠の舞台の写真です。大好きな、枠、境界、場所、でした。

2015/07/19

言葉にならないもの。

好きとか、嫌いとか、言葉になりません。大好きとか、大嫌いも、もっと言葉になりません。

それを伝えることに、諦めがあります。言葉で伝えることに諦めがあります。

だから、言葉の奥や身体に惹かれます。言葉を出す瞬間、コンマ1秒の間とか、その言葉を出すときの体勢。

また、伝わらないことを意識して、それでも放つ言葉にも。

ひねくれてるようですね。

2015/07/15

感覚の話

週に一度、更新するといいましたね。すまんあれは嘘じゃ。

といった感じで、最近言葉にならない感覚が多すぎて、文字にできないのですね。書いては、ザザッと消しています。なので、言葉にならない感覚、について書こうかなと思います。また後にでも。