それは、こっち、とあっち、を作り出します。だから、そこにドラマがうまれます。別れている、からどうしようって。よいしょって乗り越えるのか、それとも諦めるのか、まだまだありますけど。
で、それは舞台だけじゃなくて生活の中で、ふつーにやってるんですね。自分/上司、とか、自分/親、とか。区別でもありますね、ぼく/あなたと。
でも、それって、実は外せるんだなって思っています。
ラインを引くのは、自分で、じゃあラインを外すのも自分です。あの人はこういう人だから、近寄らないでおこうっていう、ライン。あの人は自分のことを好きなので、近づこうっていうライン。
そのラインは本来そこにあったものじゃなくて、自分で置いてることを知ることだけでいいと思いますけど。
その、「いつでも外せる」ということだけ持てば、自由です。というか、本来自由だったものにラインを引いて苦しがってるのが、なんか馬鹿みたいだなって思ってきました。
このラインは外してもいーかな、そう思えることがいいなって思います。
淡水⇔倉田翠の舞台の写真です。大好きな、枠、境界、場所、でした。
